腰の痛みに耐えられずに意気揚々と立ち上がったみーさんでしたが、さすがに丸2日寝たきりだったせいで貧血を起こし、安静を言い渡されてしまいました。
このひはもう眠れないので、自分から出ている管なんかを観察しておりました。
1本は点滴。
もう1本は背中の痛み止め。(これ手元のボタン押すと痛み止めが注入される仕組み)
そして最後の1本は尿管。
昨日は気にならなかったけど、意識がはっきりしている今猛烈に気になる!
おしっこを勝手に排出してくれるドレーンだけど、少しお腹に力はいっちゃったらドバッと溢れたりはしないのだろうか・・・・と心配になり、お腹に少しづつ力を入れてみたりして実験していました。
歩いてトイレに行けるようになればこのドレーンは外れるはず。
この言いようのない違和感から脱したい!!
明日は歩くぞ!
と心に決めて、この日は一日寝て過ごしました。
翌日。
朝のバイタルチェックも済んで、立ち上がることに再度チャレンジ。
まずは起き上がって座ってしばらく様子を見る。
そしてゆっっくりと立ち上がってみる。
瞬間、ものすごいお腹への重力と激痛。
運動ほとんどしないみーさんでしたが、ちゃんと腹筋あったんですね。その腹筋が切断された(しかも縦に)ことにより、内臓を支える力が極端に弱くなって重さを感じたんだと思います。
人間て・・・すげーよ。
内臓ってこんな重さだったんだ( ;∀;)
なんだかどえらい発見をした気分でした。
そして足を前に出そうと思っているのになぜか体がついてこないと言う現象。
人って2日寝たきりだと血の巡りも悪くなるし、脚の筋肉もあっという間に衰えます。
本当に動かしにくかった・・・。自分の体じゃないみたい。まさにこの言葉に尽きる。でも、
早く尿管外したい!
早く退院したい!!
その思いだけで点滴のガラガラと一緒に院内を何周もしました。
そのおかげで午後には尿管を外してもらえることに・・・!
看護士さんが処置をしてくれてると、
『あれ??みーさん、もしかして生理予定日近い??』
と言ってきたのです。
はい???生理・・ですか???
そう、生理が来てたんです。予定日通り。
前回の生理のあと、まさかのガン宣告から手術まで一気に駆け抜けてきたので、生理予定日なんて頭の中から抜けていました。
そうだ・・・私、まだ子宮残ってるんだ・・・!
ガンになる前は毎月散々苦しめられてきたけど、こうなった今は、この煩わしさも愛おしい。そんな何とも言えない喜びがありました。
早速ナプキン片手に術後初のトイレへ・・・!
激痛げきつうGEKITUU!!!!!
排尿時に膀胱が縮むってだけで痛いし、
なんなら生理用パンツのウエストが当たっても痛いし。もう痛みしかなかったよ。
でも、私・・・
子宮あるんです!卵巣も残ってるんです!!
その事実を実感できた喜びが上回り、
本当に回復は早かったです。
なんせ、この翌日には点滴も痛み止めも外れたし、シャワーにも入ることができました。
お腹のでっかい傷はまだまだ痛々しいけど、
初めに比べたら日常生活も問題ないくらいには回復しました。
そして7月18日に晴れて退院の運びとなったのです。
主治医との退院時の診察で、
『おめでとう。正確な病理検査の結果はまだだけど、迅速の結果と同じとみて大丈夫だと思います。次は2週間後、傷の具合と病理検査の結果を確認に来てください。』
と言われて本当に嬉しかった。
傷は痛いし不自由は続くけど、でも病気からは解放された。あとは良くなるだけ。
これは幸せな痛みなんだ!
子供を諦め、そのうえ命を脅かされて、余命はどのくらいだろうかと泣いて過ごした時間。
でも結果は最悪のものではなかった。
抗がん剤治療はいらないし、自然妊娠以外で子供を授かる方法だってある。
神様にもう一度命をもらった
そう思いました。
大切にしていこう。夫とワンコ達との生活を。
実はみーさん、社会人になってから仕事優先で生きてきて、仕事しかしてきませんでした。
のちのち書いていきますが、家庭環境が大きな理由だったと思います。
生きることに必死で、仕事に逃げることで現実から目を逸らしていた。私は逃げてるつもりも目を逸らしているつもりもなかったけど、夫からはただがむしゃらになって現実逃避しているように見えていたと言います。
結果、自分の体とも向き合わない日が続き、体の声に耳を傾けることもしなかった。
体の悲鳴には気がついていたのにね。
もう自分に正直に自分のために生きよう。
すっかり暑くなった夏の青空を見上げてそう決心して病院を後にしました。
5に続く
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